<戦後79年20代記者が受け継ぐ戦争㊦>社会部・昆野夏子記者
「私は普通の女学生だったのよ」。記者の祖母、横式かつ子さん(93)=東京都国分寺市=は、そう言って戦争体験の詳細を初めて語り始めた。昔から戦争の話題を振っても、いつも「思い出したくない」と言葉少なだった祖母。記者は静かに耳を傾けた。
祖母の横式かつ子さん(右)から空襲の話を聞く昆野夏子記者=東京都国分寺市で
祖母は横浜で生まれ、東京の国鉄(現JR)大塚駅(豊島区)近くで育った。父は貿易や競走馬を育てる仕事を手がけ、自宅にはお手伝いさんもいた。「戦前は、お洋服もお菓子も、欲しいものは何でも買ってもらえたわ。家族でよく銀座の百貨店で買い物をしたの」
◆恵まれた家庭環境は一変
生活に変化が訪れたのは女学校に入学した頃。太平洋戦争が本格化した。勤労動員に駆り出され、級友と会う場所は教室から北区にあった「東京第一陸軍造兵廠(しょう)」に。月曜から土曜まで通い、鉄砲の弾を組み立てた。夜勤も苦ではなかった。「軍国少女だったから、それが当たり前だった」。昼休みには友達と卓球をしたりおしゃべりをしたり。「制服の将校さんがかっこよくてね。みんなの憧れの的だったの」
旧陸軍の軍需工場1905(明治38)年、文京区にあった東京砲兵工廠銃砲製造所が施設拡充のために移転。1940(昭和15)年に「東京第一陸軍造幣廠十条兵器製造所」となった。小銃実包や光学兵器、信管などを製造していた。本部庁舎は現在の北区立中央公園文化センター。レンガ倉庫の一部はモニュメントとして残され、戦争の記憶を伝える「戦争遺跡」となっている。
戦争の前に都心で買い物を楽しむ横式かつ子さん(中)
ただ穏やかな口調は、徐々に重くなった。「お昼ご飯にはいつも『身欠きにしん』が出たの。ニシンを見ると戦争を思い出すから、今も大嫌い」。東京への空襲が増え始め、毎晩のように空襲警報が鳴り響いた。逃げる先々に焼夷(しょうい)弾が降り注ぎ、必死に走り回る日々が続いた。
1945(昭和20)年4月13日。豊島区や北区などで2400人以上が犠牲となった「城北大空襲」の日は夜勤だった。作業を始めると、空襲警報がけたたましく鳴った。防空壕(ごう)に避難し、外に出ると、あちこちで真っ赤な火の手が上がっていた。火を消そうと、持っていた座布団でたたき続けた。夜が明けると、一面が焼け野原になっていた。
◆プールにびっしりと遺体が浮かんで…
造兵廠近くの王子駅から、自宅の最寄りの大塚駅を目指して線路伝いに歩き続けた。「忘れられないのは、赤ん坊をおぶったまま道に倒れていたお母さん。まるで生きてるみたいだった」。大塚駅にたどり着くと、駅前の大きなプールに、びっしりと遺体が浮かんでいることに気付いた。「みんな熱くて必死に飛び込んだんだ」と体が震えた。
自宅近くで会った学校の先生にこう言われた。「伊藤(旧姓)の家は燃えちゃったよ」。頭が真っ白になりながら走ると、焼け跡に両親と兄、妹が立っていた。泣きじゃくり、抱き合った。
その後、知人宅を転々とする生活が始まった。父の仕事は不安定になり、経済的に苦しくなった。母は自分の着物や洋服を売り、農家から食べ物を買い集めた。「母は本当に大変だったと思うの。子どもに食べさせないといけない使命感があるし、子どもを守らないといけないから」。祖母は硬い表情で振り返った。
◆「負けるなんて思わなかったの」
玉音放送は、造兵廠の広場で聞いた。音質が悪かったが、すぐに終戦と理解した。「負けるなんて思わなかったの。終わったんだなと。すごく悲しかった」。同時に、こうも思った。「これで夜に電気をつけられる」。終戦後も生活に余裕はなく、進学を諦めて女学校卒業後は働いた。
記者は「ばあば、戦争で青春や夢を奪われたことに怒りや悲しみはないの?」と尋ねた。祖母は少し悩んでこう答えた。「そんなこと、少しも考えたこともないわ。10代が無駄になったと思わないもの。国のために一生懸命働いたっていう思いがあるから。今考えると、随分頑張ったわよね」
◆一度は取材を断られたが…
記者になって7年目。戦争体験者の取材もしてきたが、最も身近な戦争体験者である祖母の話を聞いていないことが気にかかっていた。今回の取材は一度は断られた。それでも孫として、祖母の体験を残したかった。
つらい記憶を思い起こさせてしまったことを、少し後ろめたくも思った。祖母は過去と向き合いながら、時系列をまとめたメモを手に必死に伝えてくれた。「なっちゃんや、これからを生きる人たちに、もう二度とあんな思いをさせたくないもの」。そしてこう続けた。「この平和な日々に感謝し、いつまでも続いてほしいと願っているの。そう、ずっと続いてほしい」
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