骨董屋か喫茶店か?本当の意味での隠れ家へ
芝大神宮の入り口すぐの場所にある「貯金塚」
地下鉄の大門(だいもん)駅の地上に出ると、浜松町の方からくる道の増上寺側に朱塗りの門が立っている。これこそが「大門」の本体で、増上寺の表門にあたる。そんな大門の右手前に芝大神宮がある。通称・神明(しんめい)様と呼ばれており、門前を第一京浜と並行するように南北に通る筋には「芝神明商店街」の表示が掲げられている。
芝大神宮は、古くからショウガの市でにぎわったので「生姜塚」なんていうのが境内に立っているが、もう1つ「貯金塚」というのもある。芝というと、ひと頃まで「郵便貯金ホール」ってのがあったから、その関連かな?とも思ったが、門際に出た謂れ書きによると、大正時代の関東大震災の復興に貢献した不動貯金銀行と、その頭取・牧野元次郎という人物を讃えるものらしい。不動貯金銀行とは現在の「りそな銀行」の源流の1つとなる銀行で、牧野はニコニコ主義(笑顔で貯蓄の大切さを説く)をモットーに、便利な貯金システムを次々と考案した。碑文の末に記された「倉は焼けても貯金は焼けぬ」の一句が目に残った。
貯金塚のある門際の横道。古民家を改装した飲食店が数軒並ぶ
貯金塚のある門際の横道の奥のあたりには、木造の古い建物が取り残されたように集まっている。そんな一角の「とんかつ屋」でカキフライなどを腹に入れ、神明商店街の一角の「喫茶 モト」へと向かった。ここも周辺で1軒だけ2階建て木造家屋でがんばる、年季の入った店だ。パラソル風に丸く突き出した軒の幌看板などはなかなかシャレているが、そんな玄関先にタヌキの置き物やら火鉢やらバリ島風のカエル人形やらの骨董品が、ごちゃっと並べられている。薄暗い店内も数々の古道具に占領されていて、そんな狭間のテーブルに何人かのお客さん、密林の奥のような厨房に店主らしき男の姿が垣間見える。まさに隠れ家のような店だ。
店主の名は藤本守男さんといって、「モト」の店名は藤本のモトなのだという。
「おやじがこの店を始めたのは昭和32年(1957年)だったかな?当時17歳だった私もそのときから手伝い初めてもう66,7年…」
マスターお気に入りの鴨居玲の絵画がごちゃごちゃとした店内の中で異彩をはなつ
建物はその後改修されているが、当初は2階の屋根脇に昔のホームドラマに出てくるような物干し場があって、夏に両国で打ち上げる隅田川の花火がそこからよく見えたという。
そもそも先代(店主の父)は戦前からここで氷や薪炭(しんたん)を売る燃料屋を営んでおり、やがて店の半分で“おしるこ屋”をやるようになって喫茶店へと鞍替えしていった。
「この辺から神明様の裏の方にかけては昔の花街でね、待合なんかが並んでたんですよ。」
芸者が集まる見番の建物はいまも残っているというが、それがさっき入ったとんかつ屋なんかがある路地のあたりらしい。
ーーここは骨董屋も兼ねているんですか?
店内スペースの半分くらいは古道具の山、という状態なので、思わず質問してみたら
「いや、趣味というか。段々と溜まっていっちゃったんですよ」
ふわふわ食感のミックス・サンドウィッチ(800円)とコーヒー(480円)
飄々(ひょうひょう)とこたえる。店内でとくに目につくのが絵画の類で、黒くぼやけた独特の雰囲気が漂う鴨居玲の作品はマスターも気に入っているようだ。壁には天狗、般若の面、中世ヨーロッパ調シャンデリア…和洋折衷さまざまなグッズ群のなかに、文房具屋なんかによくある印鑑のスタンドまである。「黒水牛訂正印」と記されているが、水牛の角を使った訂正印というのは珍しいらしく、ついフリーマーケットで買い落したのだという。
齢(よわい)82になろうとしている藤本マスターが、ひとりで切り盛りしている本当に自由な感じの喫茶店。各卓に灰皿も置かれているのでランチタイムは喫煙するビジネスマンたちでいっぱいになる。そういった店ゆえ、料理の味はあまり期待できないかな…と思っていたら、コーヒーとともに頼んだミックスサンドは実にうまかった。なかの玉子サンドは、輪切りにしたゆで玉子とシャキッとしたレタスの食感が抜群で、ふわっとしたパンもおいしい。どういった食パンなのか、一応尋ねたところ
「ロイヤルブレッドですよ、ヤマザキの」と、シンプルな答えが返ってきた。
◆◆◆
今回訪れた喫茶店
喫茶 モト
住所東京都港区芝大門1-4-16
電話03-3431-5095
営業時間7:30~18:00
定休日土曜・日曜・祝日
※新型コロナウィルスの影響で、掲載したお店や施設の臨時休業および、営業時間などが変更になる場合がございます。事前にご確認ください。
※2024年11月1日時点での情報です。
※料金は原則的に税込み金額表示です。
PROFILE
泉麻人コラムニスト
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
なかむらるみイラストレーター
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に、月刊たくさんのふしぎ『かっこいいピンクをさがしに』(福音館書店)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。泉さんの本では『東京ふつうの喫茶店』『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京 のらりくらりバス遊覧』『続・大東京 のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などでイラストを担当している。
https://www.tsumamu.net/
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