店頭販売の「生大福(こし餡)」(296円)は予約なしで買えるが、LINEでの事前予約がおすすめ。
新店舗が次々と誕生しては消えていく、オールジャンルのグルメ激戦区、東京。そのなかで何世代にも渡ってお店を守り続け、客を魅了し続ける名品、名店がある。なぜ、それほどまでに人を惹きつけてやまないのか。その魅力を探る「名品さんぽ」の第32回は、人気スイーツ店がひしめくエリアで異彩を放つ「あいと電氣餅店」を訪ねた。
衝撃の美味しさに、食べた直後に弟子入り志願
無添加、保存料なしの和菓子は比較的多い。そのほとんどが賞味期限を“本日中”としているが、「あいと電氣餅店」は違う。賞味期限5時間。驚愕の短さが話題となり、令和3年(2021年)11月にオープンしてから、瞬く間に人気店へと駆け上がった。それも感度の高い飲食店が多い渋谷区富ヶ谷エリアで、今なお客足は途絶えない。
ガラス張りの店内は白を基調とし、水墨画アーティストのCHiNPANさんが伸びやかに描いた巨木が圧巻。季節ごとに変わる絵柄にも要注目。
ルーツは遠く福島県南相馬市。大正5年(1916年)創業の「宍戸青果店」で、同店は果物店として開業し、店の一角で和菓子を販売していた。近隣でいち早く電気餅つき機を導入し、作った大福が評判になると“電氣餅”と呼ばれるようになった。あまりの人気に店名を「宍戸青果店」から「宍戸電氣餅店」と変えたほどで、3代目の宍戸貞勝さんの代ではピーク時に、4、5人体制で1日2000個以上販売したこともあったという。
人気は衰え知らずだが、客の数はしだいに減った。少子高齢化が加速するなか追い打ちをかけたのが東日本大震災、コロナ禍だ。高齢の宍戸さん1人で切り盛りする状況下で、いつ看板が下されても不思議ではなかった。
そこへ、たまたま東京から子どもを連れて里帰りしていたのが、後に4代目となる鈴木瞳さんだ。元avex社員でさまざまな新規事業を担当し、子会社の社長を務めたこともある。独立後は事業コンサルタントとして活躍していたが、職人との接点は皆無。
そんな鈴木さんと宍戸電氣餅店の大福との出会いは偶然でした。帰省した際、父親から聞いていた午前中には売り切れるという大福を家族のために購入した。和菓子より洋菓子好きな鈴木さんは気乗りしないまま手を伸ばした。1個食べれば十分。そう思って口にすると、2個続けてペロリ。あまりの美味しさに衝撃を受けた。
「次、帰省した時に店はないかもしれない、この大福が食べられなくなるなんて…。あぁ、東京にあったら…と、いろいろ考えていたら居ても立ってもいられなくなって」
大福を口にした3時間後、鈴木さんは車を飛ばして5分の距離にある店の前に立っていた。
福島発100余年の伝統の味と製法が、東京で開花
「『弟子は取らねえし、店は自分の代で閉じる』。そう言われましたが、一旦東京に帰って仕事に一区切りをつけて、2週間後には南相馬に戻って毎日、お店に通いました」
「師匠と同じ味が出せているか、2個3個と続けて食べたくなるかを常に肝に命じて作っています」と語る4代目の鈴木瞳さん。
これまで市場や顧客ニーズを汲み取ったマーケティング系ビジネスに携わってきた。「誰か」や「何か」ではなく、自分のやりたいことをやってみたい。その思いが、電氣餅との出会いで定まったという。毎日通い続け、根負けした宍戸さんから餅に触れることを許されると、鈴木さんは秤を持参しては、大福1個に使う餅の重さを量るなど、職人技を“独学”し続けた。鈴木さんの熱意と覚悟に、少しずつ宍戸さんの心が動いていく。
「ある雨の日、師匠を車でクリーニング店に送った際に、お店の人が『娘さん?』と聞いてきたんです。すると『娘じゃねえ、弟子だ』と言ってくれて…、嬉しかったですね」
そして、約1年半の修行生活は突然終わる。鈴木さんが作った電氣餅を口にした宍戸さんが言った。「もうお前には教えることは何もない」。令和3年(2021年)11月、鈴木さんは暖簾分けする形で東京に出店した。店名は「あいと電氣餅店」。「あい」は「愛」、心を込めて作ることを胸に刻むべく入れ、店は20年近く住み慣れたエリアに構えた。
看板商品の「生大福」は3代目の味と製法を受け継いでいる。新潟県魚沼産のこがねもち、餡は最高品種の北海道産エリモショウズの小豆を使った自家製こし餡で、絶妙な配合の砂糖と塩で甘みを引き締めている。
電氣餅とはいえ機械任せではない。餅米は2回に分けて蒸すが、蒸す工程ひとつとっても、年度ごとに餅米の出来、季節やその日の天候などに応じて、蒸し時間を調整している。蒸し布の水分量にも気を配っているというから驚きだ。
美味しいを超えた『感動する美味しさ』を届けたい
だが、モノが良くても知名度がなければ東京では厳しい。鈴木さんは店オープン前に、クラウドファンディングサービスの「makuake」を活用し、完全予約制での販売を試みた。すると「賞味期限5時間」のキャッチコピーに惹かれてか、初日で555人の応募があり、あっという間に目標金額に到達する。応募者がその後リピーターとなり、さらに口コミで店は認知されていった。
契約農家直送の摘みたてイチゴを使った「苺の生大福」(546円)など、人気の季節商品は開店して早々に売り切れることも少なくない。
「5時間は、あくまでお買い上げいただいた時間からの目安です。保存料、添加物なしの昔ながらのお餅は、時間が経つにつれて固くなりますし、賞味期限を本日中としても、翌日に持ち越しちゃう人もいますよね。糖度を上げれば保存期間は延びますが、私が苦手な和菓子になるばかりです。美味しいを超えた『感動する美味しさ』をお届けしたくて」
店頭販売の商品は予約時間に合わせ、その都度作る。当然、予約件数に応じて一度に作る量は変わり、分量も作業時間も変わる。慣れない製造スタッフは時間配分でまず混乱するほどだ。手間暇は惜しまないが、手はかけすぎないことを信条としている。
そうしてできた「生大福」は、見た目こそ至って一般的だが、手にした時の柔らかさ、唇に触れた餅のふくふくとしたきめの細かさは別格。ひと噛み、ふた噛みすると餡とふわふわの餅がとろけ、喉奥をすっと通る。甘さ控えめの餡はさることながら、餅の風味、きめ、弾力は繊細かつ上品。賞味期限5時間の文字のインパクトを優に超える、餅のクオリティに圧倒される。
店頭には、生大福をはじめ、餡子が入ってない電氣餅そのままや切り餅、苺の生大福などがある。その他、土日限定のいなり餅、祝日には御赤飯、お彼岸にはおはぎなど、季節やイベントによってさまざまな商品が入れ替わる。人気店とのコラボ商品の生大福や、パン屋と共同で生もちパンを開発するなど、新しいことにも次々と挑戦。海外出店も「パリかロンドンに出したいですね」と夢は広がる。
「このまちはアーティストやミュージシャン、クリエーターが多く住んでいて、そうした友人に店づくりを手伝ってもらいました。お店の周りには美味しいお店もいっぱいあって、店を出て左手角にはモンブラン専門店『モンブランスタイル』(会員制)があり、パンの名店『365日』や『テゴナベーグルワークス』は目と鼻の先です。スイーツなら『パケモンテ』『カカオストア&プリンカフェ448』、『ナタ・デ・クリスチアノ』など、お店をハシゴして代々木公園で食べるのもいいですね」と語る鈴木さん。
「一度住んだら離れられないまち、まずはこのまちに店を根付かせたい」と言って笑顔が弾けた。
<今回の取材先>
あいと電氣餅店
大正5年(1916年)創業。4代目の鈴木瞳さんが令和3年(2021年)11月に東京に出店し、令和5年(2023年)7月に現在地に移転。東京メトロ千代田線代々木公園駅より徒歩1分、小田急線代々木八幡駅より徒歩2分の好立地にある。製造・販売は6〜8人体制で、店頭には季節商品を含めて常時12〜13種類が並ぶ。イートイン可(6席)。店頭受け取り希望日1週間前から24時間前までLINE予約可(予約限定商品あり)。ネット限定の冷凍配送商品もある。
<データ>
住所 東京都渋谷区富ケ谷1-3-4
電話 03-5738-7849
営業時間 10:30~16:00
定休日月曜(祝日の場合は営業、翌日休み)
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